2026年3月、サッカー日本代表は、28年ぶりにワールドカップの舞台に帰ってきた古豪スコットランド代表との国際親善試合の開催が決定的な状況となった。これは単なるテストマッチではない。欧州の強豪との真剣勝負は、2026年W杯本大会でベスト8以上を目指す森保ジャパンにとって、チームの現在地を測る絶好の機会となる。本記事では、スコットランド代表の強さの秘密、注目選手、歴史的背景、そして日本が勝利するための鍵を徹底的に解説する。
第1章:タータン・アーミーの復活劇
28年ぶりのW杯出場とスティーブ・クラーク監督の手腕
スコットランド代表、愛称「タータン・アーミー」は、1998年フランス大会以来、実に28年ぶりとなるワールドカップ出場を決めた。長きにわたる低迷期を乗り越え、再び世界の舞台に帰ってきたのである。その立役者が、2019年に就任したスティーブ・クラーク監督だ。チェルシーやリヴァプールでジョゼ・モウリーニョやケニー・ダルグリッシュといった名将の下でアシスタントコーチを務めた経験を持つ彼は、現実的で組織的なチームを作り上げた。
クラーク監督の戦術の根幹は、現実主義に基づいた堅固な守備組織にある。彼が代表監督に就任する前、スコットランドはEURO2016や2018年W杯ロシア大会の予選で敗退するなど、長らく国際舞台から遠ざかっていた。クラークはまず、失点の多さを問題視し、チームに規律と組織性をもたらすことに注力した。基本フォーメーションを5-4-1(あるいは3-4-2-1)とし、自陣にコンパクトなブロックを形成。相手にスペースを与えず、粘り強い守備で失点を最小限に抑える。そして、ボールを奪うと素早く両翼のウイングバックや前線の選手に繋ぎ、鋭いカウンターを仕掛ける。この「堅守速攻」は、決して美しいサッカーではないかもしれないが、スコットランドの選手たちの持つフィジカルの強さや献身性を最大限に引き出す、極めて効果的な戦術なのである。この戦術が、2026年W杯欧州予選で見事に機能した。
W杯欧州予選:最終節の死闘、デンマークを破り劇的な首位通過
スコットランドは、予選グループCでデンマーク、ギリシャ、ベラルーシと同組になった。強豪デンマークが優位と見られる中、スコットランドは粘り強い戦いを続けた。そして迎えた運命の2025年11月18日、ホームのハムデン・パークでの最終節デンマーク戦。勝てば首位通過、引き分け以下なら2位という天国と地獄の状況で、5万人の大観衆が固唾をのんで見守った。試合は開始わずか3分、マクトミネイの鮮やかなオーバーヘッドでスコットランドが先制。しかし、デンマークもラスムス・ホイルンドのPKで追いつく。78分にローレンス・シャンクランドのゴールで勝ち越すも、そのわずか3分後に再び同点に追いつかれるという、まさに死闘と呼ぶにふさわしい展開となった。誰もがプレーオフを覚悟したアディショナルタイム、キーラン・ティアニーが劇的な勝ち越しゴールを突き刺すと、スタジアムは熱狂の渦に。さらに試合終了間際にはケニー・マクリーンが無人のゴールにロングシュートを決め、4-2で勝利。この劇的な勝利で土壇場でグループ首位の座を掴み取り、28年ぶりの本大会出場を決めたのである。
2026年W杯欧州予選 グループC 戦績
| 日付 | 対戦相手 | 結果 | スコア | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| 2025年9月5日 | デンマーク (A) | 引分 | 0-0 | 敵地で貴重な勝ち点1 |
| 2025年9月8日 | ベラルーシ (A) | 勝利 | 2-0 | 予選初勝利 |
| 2025年10月9日 | ギリシャ (H) | 勝利 | 3-1 | ホームで快勝 |
| 2025年10月12日 | ベラルーシ (H) | 勝利 | 2-1 | 着実に勝ち点を積み上げる |
| 2025年11月15日 | ギリシャ (A) | 敗戦 | 2-3 | 予選唯一の黒星 |
| 2025年11月18日 | デンマーク (H) | 勝利 | 4-2 | 劇的勝利で首位通過決定 |
史上初のグループリーグ突破へ
28年ぶりの夢舞台となる2026年W杯本大会。スコットランドは、過去出場した全てのW杯でグループリーグ敗退に終わっており、悲願である史上初の決勝トーナメント進出を目指す。欧州予選で見せた勝負強さを本大会でも発揮できるか、世界中の注目が集まっている。
第2章:プレミアリーグの猛者たち
現在のスコットランド代表の強さを支えているのは、世界最高峰のリーグであるイングランド・プレミアリーグで活躍する選手たちだ。彼らの存在が、チームに経験とクオリティをもたらしている。
主力選手紹介:プレミアリーグで磨かれた個の力
- アンドリュー・ロバートソン(リヴァプール所属 / DF):代表キャプテン。「フライング・スコッツマン」の異名を持つ世界最高の左サイドバックの一人。リヴァプールでは数々のタイトル獲得に貢献し、その経験と勝利への渇望を代表チームに還元している。無尽蔵のスタミナで90分間上下動を繰り返し、正確無比な左足のクロスで数多くのチャンスを演出。守備でも対人能力の高さを見せ、チームに安定をもたらす。彼のリーダーシップは絶大で、ピッチ上の監督とも言える存在だ。
- スコット・マクトミネイ(ナポリ所属 / MF):中盤のダイナモ。193cmの長身を生かした空中戦の強さと、強烈なミドルシュートが魅力。W杯予選では、最終節のデンマーク戦での先制ゴールを含む重要な得点を量産し、チームの得点源として覚醒した。守備的MFながら、その攻撃参加は相手チームにとって大きな脅威となる。
- ジョン・マッギン(アストン・ヴィラ所属 / MF):豊富な運動量と闘志あふれるプレーが持ち味の攻撃的MF。「ミートボール」の愛称で親しまれ、その左足から放たれるシュートは破壊力抜群。チームのムードメーカーでもある。
- キーラン・ティアニー(レアル・ソシエダ所属 / DF):ロバートソンと同じく左サイドバックを本職とするが、代表では3バックの左でプレーすることが多い。アーセナルでの経験も豊富で、高い守備能力とタイミングの良い攻撃参加で、ロバートソンと共に世界屈指の左サイドを形成する。彼の存在により、クラーク監督は柔軟な戦術選択が可能となっている。
- ビリー・ギルモア(ブライトン所属 / MF):チェルシーアカデミー出身の若き司令塔。小柄ながら卓越した戦術眼とパスセンスを誇り、中盤の底からゲームを組み立てる。ブライトンでは三笘薫ともプレーしており、そのプレースタイルは日本のサッカーファンにも馴染み深いかもしれない。彼がボールを持つと、チームの攻撃にリズムが生まれる。
- チェ・アダムス(サウサンプトン所属 / FW):イングランド生まれだが、スコットランド人の祖母を持つことから代表入り。最前線で体を張り、相手ディフェンダーとの駆け引きを厭わないストライカー。ゴール前での嗅覚に優れ、泥臭くゴールを奪うことができる。日本のセンターバックにとっては厄介な存在となるだろう。
第3章:ケルトの魂とサッカー
スコットランドの歴史とアイデンティティ
スコットランドのサッカーを理解するには、その独特の歴史と文化的背景を知る必要がある。スコットランドは、グレートブリテン島の北部に位置し、古くからイングランドとは異なる独自の文化を育んできた。その根底にあるのが、ケルト民族としての誇りだ。
歴史的に、スコットランドは南の隣国イングランドからの侵略と支配に抵抗し続けてきた。ウィリアム・ウォレスが率いた独立戦争(13世紀末~14世紀初頭)は、その象徴的な出来事であり、映画『ブレイブハート』でも描かれ世界中に知られることとなった。1707年の合同法によりイングランドと統合されグレートブリテン王国が成立した後も、スコットランド人の心の中には独立の気概が燃え続けている。サッカーは、そのナショナル・アイデンティティを発露する絶好の場なのである。
世界最古の国際試合とオールドファーム
サッカーの母国はイングランドとされるが、世界で最初の国際試合(Aマッチ)は、1872年にスコットランドのグラスゴーで、スコットランド代表とイングランド代表の間で行われた。結果は0-0の引き分けだったが、この試合がサッカーの歴史の始まりを告げた。国内リーグも世界で2番目に古い歴史を持ち、特にグラスゴーを本拠地とするセルティックとレンジャーズのダービーマッチ「オールドファーム」は、世界で最も激しいダービーの一つとして知られている。このダービーの背景には、単なるスポーツのライバル関係を超えた、複雑な社会的・宗教的対立がある。セルティックがカトリック系のアイルランド移民によって設立されたクラブであるのに対し、レンジャーズはプロテスタント系のスコットランド人に支持されてきた。この対立は、時に社会問題にまで発展するほどの熱を帯び、スタジアムの雰囲気は常に異様だ。この激しい環境が、スコットランドの選手の闘争心を育んできたとも言えるだろう。
第4章:セルティックと日本人選手
スコットランドサッカーと日本の繋がりを語る上で、セルティックFCの存在は欠かせない。多くの日本人選手がこの名門クラブでプレーし、輝かしい功績を残してきた。
中村俊輔:セルティック・パークに魔法をかけたレジェンド
その筆頭が、中村俊輔である。2005年にセルティックに加入した彼は、その魔法の左足で数々の伝説を創り出した。特に2006年11月21日、UEFAチャンピオンズリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦で決めたフリーキックは、今なお語り継がれる伝説のゴールだ。ゴールまで約30メートルの距離から放たれたボールは、美しい弧を描いてゴールネットに突き刺さり、チームを史上初の決勝トーナメント進出に導いた。この一撃だけでなく、宿敵レンジャーズとの「オールドファーム」ダービーでの活躍など、大舞台での勝負強さでファンの心を鷲掴みにした。彼がセルティック・パークで見せた創造性あふれるプレーは、スコットランドのサッカーファンに日本人選手の技術力の高さを強烈に印象付けた。
古橋亨梧:日本人初の欧州主要リーグ得点王
近年では、古橋亨梧が新たな歴史を刻んだ。2021年に加入すると、瞬く間にチームのエースとなり、2022-23シーズンにはリーグ戦で27ゴールを記録。スコットランド・プレミアリーグの得点王に輝いた。これは、日本人選手として史上初となる欧州主要リーグでの得点王という快挙であった。彼の活躍は、セルティックのリーグ連覇に大きく貢献した。現在も前田大然、旗手怜央といった日本代表クラスの選手が所属しており、スコットランドは日本人選手にとって成功の地となっている。
第5章:日本代表、勝利への道筋
過去の対戦成績
日本代表とスコットランド代表の過去の対戦成績は、日本の3勝1分けと勝ち越している。しかし、いずれの試合も接戦であり、決して簡単な相手ではないことを物語っている。
| 日付 | 大会 | 結果 | スコア | 日本の得点者 |
|---|---|---|---|---|
| 1995年5月21日 | キリンカップ | 引分 | 0-0 | – |
| 2005年5月27日 | キリンカップ | 勝利 | 1-0 | 大黒将志 |
| 2009年10月10日 | 国際親善試合 | 勝利 | 2-0 | オウンゴール、本田圭佑 |
| 2013年11月16日 | 国際親善試合 | 引分 | 2-2 | 遠藤保仁、本田圭佑 |
戦術的考察:日本の技術はスコットランドの堅守を打ち破れるか
スコットランドに勝利するためには、彼らの堅固な守備ブロックをいかに崩すかが最大の鍵となる。クラーク監督のチームは、5-4-1のシステムで中央を固め、簡単にはスペースを与えてくれない。日本としては、まずサイドからの攻撃が有効な攻略ルートとなるだろう。伊東純也や三笘薫といった世界レベルのドリブラーが、サイドで1対1の状況を作り出し、相手のウイングバックを押し込むことで守備陣形を広げたい。そこから生まれるスペースに、久保建英や鎌田大地といった選手が侵入し、コンビネーションで崩す形が理想だ。単調なクロスだけでなく、グラウンダーの速いボールや、マイナス方向への折り返しなど、多彩な攻撃パターンで揺さぶりをかけ続ける必要がある。
中盤の攻防もまた、試合の行方を大きく左右する。マクトミネイやマッギンといったフィジカルと運動量を兼ね備えた選手に対し、遠藤航を中心とした日本のボランチが球際で負けないことが絶対条件だ。セカンドボールの回収率を高め、日本のポゼッション時間を長くすることで、相手のカウンターの機会を減らすことができる。また、守備時には、スコットランドのカウンターの起点となる前線の選手へのパスコースを限定し、素早い攻守の切り替えで相手の速攻を未然に防ぐ組織的な対応が求められる。さらに、スコットランドはセットプレーも大きな武器としている。長身選手を揃えた空中戦の強さは脅威であり、日本としては無駄なファールを避け、集中した守備で対応する必要がある。逆に、日本の武器であるセットプレーで、相手の意表を突くことができれば、大きなチャンスとなるだろう。
結論
3月に行われる日本代表とスコットランド代表の試合は、単なる親善試合以上の意味を持つ。28年ぶりにW杯の舞台に帰ってきた古豪との対戦は、森保ジャパンにとって、2026年W杯本大会での成功を占う試金石となる。プレミアリーグで活躍する猛者たちを擁し、闘志あふれるプレーを見せるスコットランドに対し、日本はどのような戦いを見せるのか。ケルトの魂と日本の技術がぶつかり合う、熱い一戦になることは間違いない。

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